涙が出る

あれこれ迷った末に電話をかけることに決めた。お忙しい方なので日曜日の10:00am頃なら手が空いているだろうし、失礼がないかもしれない。ご立腹だったらどういう風に話を切り出し、話を続けたものか、最後にはどういう風に話をまとめれば良いか何度もシュミレーションしたことを思い出しながら。フィルムの弁償は保険が利かないから、どういう風に償えば良いのかなど、あれこれ考えたことが上手く伝えられるだろうか心配しながら。

受話器の向こうから「お元気ですか~」と切り出されたので 一瞬 ? と息が止まる。「・・・かなり落ち込んでいます・・・」と小声で返すと「おや珍しい。どうなさいましたか?」「先週半ば頃にメールを差し上げたのですが、お返事をいただけなかったものですから・・・てっきりご立腹かと思いまして・・」「あ~、僕は先週は忙しくてmailを読む暇もないほどでしたので、それは失礼しました。」「お預かりしたフィルムが我が家で管理している封筒の中に見つからないものですから、無くしたかと思って・・・」「はいはい、上高地でお預かりしましたよ。梱包作業の最中でしたかね、奥の和室のテーブルのところでしたよ。」「やっぱりそうでしたか!そんな記憶があったのですが・・・皆さんと一緒に送らせていただくことにして持ち帰ったと思ってました。」「ご心配なら、すぐに電話してくだされば良かったのに!」「とんでもありません。ハッセルブラッドで撮った大事なフィルムですから、家の中を何度も何度も探してからにしようと考えて、それでもダメだったらと。mailのお返事をいただけなかったものですから、ご立腹に違いないと落ち込んでました。」

こんな代表には任せられない❗解任だ‼️とか、次の写真展は辞退させていただきますとか、退会しますとか、考えていたネガティブな発言ばかりを披露して、あとは笑い声が続くばかり。

ほっとした。なんだか気が抜けてしまって、気がついたら涙目になっていた。いや、次の写真展の時には同じ轍を踏まないようにしなくちゃ‼️良い勉強をさせていただいたと思わなくちゃ、今度こそバチが当たる。

忘年会

山岳写真同人「峰」の忘年会2018に参加した。山や写真に関する話題は相変わらず豊富で大いに盛り上がったが、みなさんの酒量はずいぶん少なくなった気がする。

飲みながら、会長をはじめ何人かの会員にホームページの投稿方法が変わることを伝えた。今までどおりの投稿方法も暫くは使えるけれど、この際だから新しいことに挑戦してみようではないかとも伝えて、了解をいただいた。自分で投稿出来る人は限られているし、そういう人は好奇心も旺盛だから、ご自身でなんとかするような気がするのだ。慣れてしまえばそういうもんか!で済むと思うけど、果たして。

実は、VersionUpに伴う変更で一番驚いたのは自分だった。翻訳の更新ボタンを押してなかったので、英文だけしか書いてない画面を見てあれやこれや悩みながら、でも、とりあえず何とかなって、それこそ見よう見まねで、なるほど👀と言うところにまで辿り着くことが出来た。グーテンベルグかー。各種ボタンの位置も場所が変わったので、暫くはモタモタするかもしれないけど、時々こういった変更があると却って刺激的で、楽しいかもしれないと思う自分。

昨日の投稿は110件を超える方に読んでいただく結果になった。嬉しいようで恥ずかしくもあり、なんとも複雑な思い。

落ち込む

お預かりしていた大量の写真原稿を会員宛に返却しようと、送付用封筒に写真原稿を入れ直していて気が付いた。フィルムで提出して下さった会員Aさんの原稿だけがないので焦る! 6✕6のブローニータイプのフィルム。フィルムを入れて送ってくださった封筒、返却用に用意された郵便切手、この他にメディアを送ってくださった時の封筒、特徴のある文字、全て記憶の中に鮮明に残っているのに、それらを一纏めにして保管していた封筒が見つからない。痛恨の極み。

我が家の中で可能性のあるところを何回も探しまくる。スキャナーで読み取った画像は先生のところにmail送信しているので、あるとしたら我が家、若しくは上高地の会場に限定される。でも上高地の会場にこの封筒だけが残されていた可能性は皆無に等しい。改めて我が家を繰り返し探すが見つからない。

上高地写真展の搬出作業をしている時に、原稿を持ち帰るか否かを話題にしたような気がするけど、あまりにも慌ただしかったので当時の記憶は曖昧で頼りない。上高地に全ての写真原稿を持って行き、会場内でも封筒に入った一式を確認した頼りない記憶がある。お持ち帰りになるならそれでも良いけれど、他の方たちと同じようにまとめてから一斉に郵送したいという自分の意向に同意してくださったような記憶もあるけど曖昧。その時の状況を確認しようと思い、断腸の思いでAさん宛にmailを送ってみたけれど、数日経過しても連絡がないことからすると、アウト!確定。_| ̄|○

画像そのものはスキャナーしてあるので再現は可能だけれど、問題はそこではない。大切なフィルムをお預かりしていて管理しきれなかったことが問題なのでお詫びしなければならない。また、同じように写真展を準備する際には自分の管理力が信用されないことになった。悔やみきれない汚点。

年賀状の印刷が進まない。

決めた!

我が家のPC環境の大幅な刷新を図ります。これからも暫くは写真を撮り続けるし、今月から再びレタッチ教室に通うし、上高地写真展で頑張った自分へのご褒美という意味合いもあるので、 SENSE-R039-i9KP-LNR-DevelopRAW これに決めました。若干のカスタマイズを加えたので高くついたけど、ローンを上手に使おうと思います。

10日程で到着してしまうと机周りがカオスに陥るので、今のPCで年賀状を印刷しておかないとならないことに気が付きました。しかし、今年は風邪で燕岳に行けなかったので年賀状用の写真がないから、少々気忙しくなって参りましたし、お年玉付き年賀郵便切手も買ってなかった❗😭💦💦焦る(笑)

あと少しで新年になるのに全然実感が伴わないのは、外気温が高すぎるからかもしれない。切手は近くの郵便局で必要枚数を手に入れたので、ほっと一息。

 

講評会1204

今回は上高地写真展の期間中に撮影した15点を見ていただいた。会期中は宿泊先から写真展会場までの間の往復に専念していたので、撮影エリアは限定的で、歩いても10分程度の範囲。そこで何をどう撮るのかに着目したものを提出した。「上高地 秋から冬へ」を自分なりに表現したつもりだったので、先生の反応が楽しみだった。ジーっとご覧になって暫くしてから「なかなか良いんじゃないか」と一言。嬉しかった。トリミングスケールは一度も動かなかった。

会員の作品を見て学ぶことは大きい。自分が撮影している渓谷の写真も新鮮な発見の連続になる。そこに先生の指導が入ると見違えるほど改善されていく。先生と会員のやり取りには特に耳を傾ける。このやり取りが次の撮影時の参考にならない筈がない。そうか,自分もやってみよう! 撮影に出かける楽しみが膨らむ。

参加者が多いと一人当たりの時間は制限されてしまい、半日があっという間に過ぎてしまう。四半期に一度開催するのが理想的なので来年の課題にしたい。夕方17:00pmから忘年会を兼ねた懇親会を開いた。途中で撮影した画像は以下のとおり。

 

 

復路に

大津と言えば近江神宮、ここは百人一首の大会が開かれるところ。此処に寄らない手はない。是非!と朝一番でお参りに行く。境内には百人一首の額額が掲示されていて 天智天皇 から始まっている。大会会場となる近江勧学館 にも足を運ぶ。

琵琶湖大橋近くの道の駅で水際まで下りてみたら砂浜で、波間には鴨が浮かんでいる。急にカヤックを漕ぎ出したい気分になる。湖畔に沿って車を走らせるとカヌーを置いてあるキャンプ場があった。琵琶湖をいつか漕いでみたいと思っていたら、幸運にも近江八幡で船に乗せてもらうことが出来た。エンジン付きの屋形船で音声ガイド付き。久しぶりに水の上に漂いながら家並みを見上げる贅沢を味わった。30分1000円。

湖畔の道路の至るところに水門があった。昔は今よりも1m水位が高かったらしい。船を巧みに使って商売を成功させた近江商人の話、なるほどなるほど。安土城も水利を生かした要塞だった。安土城の周辺の今は干拓が進んで耕地が広がっている。

彦根市内に戻って いと重本店 で 銘菓 埋れ木 を買い、彦根駅前の 近江チャンポン発祥店 で昼食を済ませて 14:30pmに出発した。途中の松本の梓川SAで給油しただけで 20:00pm過ぎに自宅着。夜間なので高速を利用したから、往路より短時間で帰還出来た。

信長の世界観

多賀大社も湖東三山の紅葉も三重塔も本堂も、どれも見応えのある素晴らしいものだったけれど、信長の館で安土城の天守閣🏯を復元した建造物を見たら度肝を抜かされた。圧倒的な世界観の違い❗上映された VR 絢爛 安土城 を見たら余計にその気持ちを強くした。

この上の写真は見たことのある安土城の全体像。最上階の天守の下に奇妙な形をした赤いところは何だろう?気になる・・程度だった。

信長の館に入ると目の前に現れたのが下の写真。天主に金箔が張り巡らされている。絢爛豪華。赤い火頭窓の内部にある八角形の部屋の内部が下の写真。眩い赤の世界。極楽浄土を描いている。

この赤の間の階下には  敦盛 「人間五十年 下天のうちを・・」を舞うための吊り舞台が用意されている。更にその下には4階分が吹き抜けになっていて、宝塔の置かれた1階から見上げる空間は西洋の教会を思わせたようだ。これはもう戦うための天守閣🏯ではなく迎賓館。

戦国時代で群雄割拠する中では、本能寺がなくても信長が長く生き続けていられたかどうかは分からないけど、存命して天下統一が長く続いたなら、今とは随分違う時代になったのかもしれないなぁ~と感じ入るものがありました。

安土城のある場所は昔は琵琶湖の入り江のようになっていて、水運の要衝でもあったことを知る。これは新鮮な感動でした。確か彦根城の北側にも入り江のような場所があったらしく、今はスタジアムが出来ているところで、古地図を見るのも楽しそうだと思ったり。