見終わって、映画館から出てきた時にはグッタリしてしまい、「疲・れ・た!」が口から飛び出した最初の言葉だった。でも「神々の山嶺」が映画化されたら見たいとずっと思っていたので、実現できたのは嬉しかった。岡田准一も阿部寛も素晴らしい演技で、本当にサウスコルで撮影しているような臨場感、緊迫感を感じられてすっかり驚いてしまいました。標高5200mでの撮影にも耐えられる気力、体力、演技力を兼ね揃えているところ、役に入れ込んでいるところ、役者って凄いなぁと感動してしまい、本当にお疲れ様でした!と親しみを込めて伝えたい気持でした。自分は山屋ではないから垂直登高に然程ワクワクしないけど、エベレスト山頂に妖雲がかかって流れていく様はいつかは自分で撮ってみたいと思うような。撮りたくないと言う方がおかしいくらいにきれいな彩雲が出ていた。でも、こういう時は写真よりはビデオの方が良いかも知れない。http://everest-movie.jp/

良く見れば随所に穴が空いていた。阿部寛のもとに岡田准一が辿り着く場面で、岡田はリュックサックを無造作に下ろしているけど、本来ならピッケルで固定しないといけないし、岡田が帽子を取る場面が多かったけど、かなり冷えているなら髪の毛も凍るだろうに、そうなっていないのは何らかの意味があるのかもしれないし。どういう風に撮るのだろうと思った場面がたくさんあって、セットでの撮影だとしても不思議ではないんだろうし、3Dもありだろうなぁ。滑落したり吊るされたり、ハードな撮影行だったろうなぁと想像したら何だか面白かったし、岡田准一の役柄そのものがカメラマンというのが凄く良かった気がする。

カメラはキヤノン製の35mmフィルムカメラ。500mmのフレックス望遠レンズまで登場していた。映画のモデルになっている人物が亡くなるのは昭和55年頃のことで、自分がカメラを持ち始めた頃に重なっている。フレックスレンズは自分ではとても高価で買えなかった。当時はキヤノンでなくてオリンパスOM-2を使って人物ばかり撮っていた。露出も絞りも分からなくて、仕事を終えて近くの写真屋さんに通い詰めて、親父さんから手解きを受けていた頃だと思う。白黒現像も自宅で始めたのがこの頃だったように思う。

 

 

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