母親の見舞いに行ってきた。退院してからもうすぐ2週間になろうとしている。また発熱があれば座薬を使ってみて、それでも下がらない場合は病院に連れてくるようにと医師から指示があったらしい。デイサービスから帰って、もう一度寝直したみたいで、自分が訪ねて行った時にはまだまどろんでいたと言うか、ぼんやりしていて、声かけに対する反応も今ひとつだったけど、徐々に覚醒してきて、自分が誰だか判別がつくようになって来た。痰の吸引を妹が行い、いくらかスッキリした面持ち。帰りしなに声をかけると「ありがとうね」ととても大きな声が出せたのでビックリと言うか、嬉しかったので「また顔を見に来るからね」と言い残して辞去。訪問看護とデイサービスを組み合わせて、できるだけ一人の時間を少なくするように配慮してもらっているけど、今日はいくらか言葉がもつれたり判別が付きにくい言葉を話したりしているので気がかりでもある。妹からパーマに出かける間だけ家にいてもらえないか?と相談があったので、三男坊に声をかけたら快諾あり。午前中に留守番に当てて、お礼は美味いラーメンとか蕎麦をご馳走してもらえれば良いんじゃないだろうかと提案したら妹も快諾。自分が顔を見に行くと喜んでくれるのは分かるけど、孫が見舞いにいけばそれはそれなりに楽しいだろうし、元気がでるのではなかろうか。三男坊は兄弟の中で一番厳ついけれど一番繊細な感性を持ち合わせているので、良い結果が出るような期待感がある。

村越望氏が亡くなった。twitterで訃報が流れていたので思わずリツイートした。オーロラの研究家で第一次南極観測隊の隊員でもあり、遠い親戚でもある方だ。この方のご好意で自分は南極観測船FUJIの、一般見学者の入れないエリアに優先搭乗させていただいた記憶がある。一般開放の方が何時間か待たれている間に、別のタラップからするすると登りついた操舵室。まだ小学生だったと思うのに、妹は自分が小2だから兄は中学に上がっていると確信めいて話すので、そうだったかな?と思うけど曖昧。当時撮影した写真が残っているのでいずれ又機会があれば掲載することにします。乗船したことが直ぐに今のようなライフスタイルを作り出した訳ではないけれど、かなりのインパクトを与えられたイベントであったことは間違いなしでした。富士山測候所にも勤務されていて、寒さに対する耐性が抜群だったから観測隊に選抜されたと話したのは、父親の葬儀だったか四十九日だったかに従兄が口にしていた話。紫外線をたっぷりと浴びたから体中の皮膚に深刻な影響が出ていたとも伺った。存命のうちにもう一度お会いしたかったなぁと思うと残念な気がする。ご冥福を祈りたい。「村越望」の検索結果 – Yahoo!検索(画像)

「村越望」の検索結果 – Yahoo!検索(画像)

先日下見をした根広尾根を明日、六合小学校の児童30名を引率して下る。紅葉もおしゃべりもとても楽しそうな気がする。

 

 

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