父親の墓参りに天桂寺に行く。挨拶をすると「こころばかり」と書かれた輪島塗の箸をいただいた。

その後、父方祖父母が眠る墓所に出かけた。自分が生まれた時には既に他界していたから直接の思い出は無いので、墓参りまでしなくても良いんじゃないの?と言う親戚の人もいるけど、父親が存命の頃は春と秋の彼岸にこの地を訪ねていたので今回も同じような気分で継続したけど、これから先はどうしたもんだろう。悩むところだ。年に一度くらいは・・・と言うところで妹とは折り合いが付いた。秋の彼岸の頃が良いような気がする。春の彼岸の頃ではまだ日陰に雪があったりするから。そうだ、携帯のアンテナもこの地では一本も立っていない。我が家と同じ姓を名乗る数軒が居住する地域に墓参り以外で来ることはなかったけれど、今回は集落の共同墓地に行ってみることになった。同じ名前の石塔がたくさんある。家紋まで同じ。あまり多くない名前なので県内でも少数民族に入るけど、この地ではそれ以外の姓を見るほうが珍しい。自分としては不思議な体験。

車を駐車したところから川に下りて行く道があった。少し歩いてみると右下に清流が流れ細い道が曲がりくねって続いている。父親が更に奥の集落にある学校に通った道で、80年前に歩いていた、そんな思いに駆られて、本当は歩いてみたくなったのだけど、昼過ぎに来客があるのでやむなく帰還することにした。学校に行くのに家を出たけど途中で面白いところが一杯あったから・・・と話してくれた父親の嬉しそうな声が今でも聞こえてきそうなくらいだ。学校だって登校した筈の子が到着していなくても心配しなかった大らかな時代の話。自分のスタイルが落ち着いたらこの川を奥の集落まで歩いていってみたい気がした。

入院中の母親を見舞った。当然のことながら墓参りに行ってきた報告をした。実に久しぶりに目を開けて自分の名前を呼んでくれた。お見舞いに行く度にゴーゴーと鼾をかいて寝ているばかりだったので、起すのもどうかな?と実は躊躇っていた。従兄夫婦が病室に来てくれた。理学療法士の彼は母親のリハビリにはちと口煩いところがあって、病室内でも母親を起して身体を動かしていく。母親も気持ち良いと見えて身体を少しずつ動かして固くなっていた部分を少しずつ解していく。ベットに腰をかけて踵を床につけて、しっかり踏ん張ったと思ったら大きな眼を見開いて外の景色を見ていられる。自分のことが分かるみたいだから尚更良いみたいで、手を繋いだ時にこれは誰だ?と尋ねたらきちんと名前が言えていた。病院にいる間こそしっかりとしたリハビリをするべきだというのが従兄の意見だが、目の当たりにするとそのとおりだと思った。

帰還して家の庭に堆く詰まれた庭木の残骸をゴミに出しやすい大きさに切り分けて分類する作業をしていた。かみさんが15:00pmに仕事から上がってくるだろうからそれまでの間頑張ろうと思っていたのに、かみさんが戻ってきたのは17:30pmだったので、実に良く働いたことになったのでした。目標設定は達成しやすい目標を選ぶことだと痛感したり。

一周忌法要の予定を決めて天桂寺の住職の予定を確認しておかないと。また、母親の退院が10月に入って直ぐになりそうなこと。今週から来週にかけてケースカンファレンスがあるらしい。予定変更が多くなる10月の予感。中禅寺湖ツアーに行ければ良いくらいに考えるしかないか。

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