午前中、群馬県草津町の栗生楽泉園の「重監房」を見に出かけた。今月一日から一般公開されていて、新聞でも一斉に報道されたのでご存知の方もいるだろうし大型連休に入ると込み合うことが予想されたので、どうしても今日行くことにした。予想したとおり、人間の「尊厳」を省みない時代の象徴と言える気がした。昭和16年当時の日本は太平洋戦争にまっしぐらで、戦争反対を唱えた作家や文化人が特高に連れ去られた時代なんだとへそ曲がりの自分は重ねて考えていた。館内では再現映像が流れていて、重監房に収容されるところや患者が食事の世話をする場面や亡くなって担ぎ出される場面が映し出されていたけれど、一日二食でも箱弁に御飯と味噌汁がいただけたのか・・・と思ったらいけないんだろうな・・・。へへ。懲罰を与えさえすれば人は言うことを聞くようになる、それはある意味とても朗らかな時代だったのかもしれない。

父母共に体調が不安定で心配される情報が続いていて、もしかしたら!の心の準備はいつでも出来ているつもりなのに、妹からの報告によると今回は特に悪いらしい。発熱とか手が痺れるとか、とにかく「具合が悪い!」と言うから訪ねたけれど、病室の母は大きな鼾をかいて寝ているので、具合が悪ければこういう鼾はかかない筈と勝手に決め込んで揺らして起したりせずに辞去。自宅に着くと父の盆栽仲間の好さんが盆栽の手入れに駆けつけてくれていた。先日通院した後にスーパーに連れ出して機嫌が良かったから、天気が良いからヤマダ電機に出かけてみようか?と言うと父は相好を崩している。フードプロセッサーが欲しいらしい。温かい日の午後なので、パジャマのまま、自分の車に乗せてヤマダ電機に向かった。

階段とエスカレーターがあるエントランスに車椅子が見当たらないから、2階の受付に駆け上がり車椅子を借用している間、一階で待つように伝えておいたのに父は、エスカレーターに杖をついたまま近寄り、自分で乗って、足元を取られて、腕で懸命に脇のひじ宛部分に摑みかかっているうちに、下半身だけがエスカレーターの上昇と共に登り続けてしまい、結果的には体制を維持し続けることが出来ずに転倒して後頭部を強かにエレベーターの床の部分に打ち付けて、そのまま倒れたまま動かなくなり、父を乗せたままのエレベーターが中間あたりで停止した。救急車出動要請をヤマダ電機スタッフがしてくれた。電話をしているうちに救急車が到着。掛かりつけ医の確認があり沼田脳外科山田DRでそこに行けばすべてがわかると伝えた。父は抱え揚げられた時も意識がはっきりしていたので正直を言えばホッとした。

主治医の山田drは抜糸できたら退院してもいいよと仰る。貧血があるので点滴注射の他に輸血もお願いした。本人が入院することに同意したなんて珍し過ぎるかも。

 

 

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