今日の新聞を見たら「笹小屋再生プロジェクト」の様子が地元紙に掲載されていた。行きたかったんだよな~。今回のビエンナーレ2013の中で唯一参加したいと思ったエキシビション企画だったのに叶わなかった。この企画は熊谷雅さんの作品を再生させるもので、アートと言うよりも地域の文化継承といった色合いが強く感じられる。そこがたまらなく良いと思われたので、実はこの日が大雨になることを願っていた。そう、雨天延期となり10月5日と6日に実施されれば、自分も参加できるからだ。本当は・・・もう一歩踏み込んで言ってしまうと、作業が終わったあとの小屋で一晩過ごしたかったのだ。少しだけお酒などをいただきながらチロチロと燃える火で暖を取りながら、朝になるのを楽しみたかった。でも、一抹の不安が頭を過ぎったのだ。前回の開催中も熊出没の情報が流れて見学が中止になった。ということは熊が出るかもしれないのだ。熊が棲息している地域なのだから仕方がないんだけど、それはそれで余計に泊まってみたいような気がしていた。日中にたくさんの人が作業をしていた場所に熊が出てくることなど考えられないけど、・・・でも興味津々の熊くんもいるかもしれないし。惜しいことをしたとつくづく思っている。「こんなの2年に一回するんじゃなくて毎年やったら良いんじゃないの?」と言う声が上がるのは当然だ。ビエンナーレの関連エキシビションとして行うのではなくて興味のある人たちが勝手に集まって維持保存していく。この土地にはこういう文化があったことを知り、村の長老たちと一緒に作業に取り組み、形を作り上げる。手順を学ぶ。記憶する。長老の作業手順を学ぶ。目の当たりにすることで記憶できることは実に多い筈だ。このプロジェクト自体を考案した方の熱き思いが感じられて、そういうのって大切だよな~と嬉しくなってしまう。

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「自分たちの戦後生まれの大人たちがその上の世代から育てられた際に、伝承文化に関する優先順位がかなり低かった、後回しにされたことがポイントだと思うよ。戦後の復興、景気の回復、能力に見合った収入、ここのところがいつの間にか学力偏重を生みだしてしまって、職業選択にも限りが出て、昨今の地域に若い人がいなくなる結果となったように思うよね。地域の伝承を次の世代に繋いでいけるのは地元に残った方々に限られてしまった。大学に進んで地元を離れてしまうともはや地元に自分の立ち位置を失ってしまったような寂しさを感じたり。」だから自分は「自分の中に何もないから野山を駆け巡り撮影に没頭したり船を浮かべたりしているのかもしれない。」「結局のところ、伝承の担い手とは程遠いところに行ってしまった。違うな、そういうことに意味を見出しても、そこに従事することが出来ないもどかしさを感じながら、自分の子を育てて大学まで出して、いつか自分がしてもらったようにしているけど、伝承のインプットされていない若者を、ナチュラルで透明感のある若者に仕上げたような気がするけどそれだけで、どこかの企業に役立ちそうなだけの。」と書き記したり。「だから好きなことをやった方が良いと思う。」地域で楽しく暮らせるようなことをした方が良い。

中之条ビエンナーレ2013には 温泉+故郷+アート と記されている。「笹小屋再生プロジェクト」は敢えて言うなら「故郷」の範疇に入るかもしれないけれど、もっと大切なことは、参加した人の心の中に「継承できる作品」となったことだろうな。あー行きたかったなぁ。参加したかった。残念だなぁ。

 

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