作品を創るに当たって、出来るだけお金をかけないで、在る物で工夫するところが大切なんだよ!と力説したのを聞いて妙に納得してしまった。作家さんたちの作品を見ても、お金があれば出来ちゃうような作品があるし(大きさとか量とかが庶民レベルをはるかに超えているから、もしかして自分がそういう環境にいられたら出来るだろうと勝手に思っているだけで失礼な話だというのは承知の上で。)冒頭の言葉を発言した方の見識には確かに重みがあるような気がする。実際にはたくさんのお金が動いているんだろうね?と素直な疑問が生じてくる。素人の自分たちは何も知らないから、ただ単純に楽しい!楽しい!と言ったり、なるほど!と分かったような顔をして会場を歩き回って、いつか自分も作家でビューしたい!その時はどんな風にしようかな?なんていう頓珍漢な妄想を抱いたりしているけれど。たとえば自分が全倍大の写真を10枚展示することを考えても気が遠くなるような金額がすぐに計算できるから。でも、作家さんたちの中には会期前から中之条で過ごして地域に密着しながら作品つくりに没頭している方もいるから、生活費から一切合財になる訳だけど、事務局からは製作費のどの部分を補填してもらえるのだろうか?それともすべて作家の負担なのかなんだか気になり始めた。会場として借りる建物の所有者に支払うお金はどうなんだろう?個人払い?全体で?ビエンナーレを支えていた国や県からの補助金も余り多くの情報がないままだから、今回のようなパスポート制になったりすると、ただ単に賛成です!とは言えなくて、どうしてそうなったのかを確認してみたくなってしまったり。(この辺の件は消費税導入の是非論と似ているような気がして・・・)今までの収支報告書はどこかで閲覧することができるのだろうか?デスクロージャーの時代だからね。実行委員に対する謝礼はあるのかな?全くの無償で引き受ける人なんているんだろうか?お手伝いボランティアの人は本当に無償なんだろうか、なんていうと冒頭の方は、そういうお金の面だけじゃないんだよ!と言うから、ビエンナーレを通して中之条町に新たな変化、胎動が生まれている状況を数字で見られないのかな・・・。DSC_1214

ビエンナーレの開催を重ねるごとに来場者の数が多くなっているから成功したと言われているみたいけど、そうなんだろうかと自分は思っている。人々が中之条を訪れて、作品を見ながら、里山を歩き回りながら、仄々とした郷愁を味わったり、癒されたりするという意味では単なる観光旅行に過ぎないように思うからである。一定の業者のところにだけにお金が落ちていく仕組みみたいで。町民の中には諸手を挙げて賛同している人ばかりでないとも聞く。大切なことは、地域に住んでみたいと思う人が増えることだったり、美術やイベントに対する興味関心が高まって、町民文化祭になると発表者が増えたり展示作品が増えたりするなら、こういった活動が成功したことになるのだろうと思うのだけれど。裾野が徐々に広がって浸透していくイメージは、Jリーグがスタートして集客人数を大幅に増やした時期と似ているような気がするけど、最初の何回かは盛り上がったけど暫くしたら衰退してしまって・・・なんてことが想像で終わってしまいますように。jリーグも今はなかなか大変なんだから、ビエンナーレもどうなることやらと思ってしまう。

13日から始まって今日で一週間を経過したけど、明日からの三連休には優先して対応することがあるので(墓参りなど)、行けたとしても23日(祝)だろうか。明日はまず整形外科を受診して牽引しようと思う。

 

 

 

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